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那珂市下大賀(旧瓜連町静)の弘願寺(こうがんじ)さまと菩提寺について [法話]

今日は、月遅れお盆の14日であるとともに、旧暦7月15日のお盆でもあります。

当山で施食会(せじきえ)のあった11日の夕方と12日の午後2時から親戚の通夜と葬儀に参列するため瓜連(うりづら)まで行ってきました。

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↑ 11日に撮影した山門です。


山門に一対あるはずの仁王様(におうさまが一体だけです。

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↑ 佐竹貞義公が開基された由緒ある臨済宗円覚寺派のお寺です。

佐竹家9代当主貞義公が大拙祖能和尚(だいせつそのうおしょう)を招いて、南北朝時代の貞和元年(1345)に静神社境内に創建し、
寛文8年(1668)に徳川光圀公の命により現在地(那珂市下大賀)に曳寺されたそうです。

ここは、私の祖母の実家であり、その近所に住む、祖母の弟の連れ合いの葬儀でした。
その亡くなったお婆さんは大正10年生まれの90歳、
NHK朝のTVドラマ「おひさま」の主人公丸山陽子さんと同世代です。

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↑ 本堂の脇の客殿で通夜と葬儀が行われました。

最近、葬儀に引き続き、セレモニーホールで初七日を行う場合が大子でも増えています。

でも、弘願寺さまでは、先代からの遺戒で必ず葬儀の後、遺族や親族に本堂まで来てもらい、
本尊さまの前で初七日を勤めるそうです。
そして、本尊様にご報告し、精霊簿である過去帳(かこちょう)に戒名などを記入するとのことでした。
檀家さんには菩提寺の宗派や教えをしっかり知っておいてもらわなければならない。
という先代住職の思いが受け継がれています。

その先代住職はけっこう厳しい人で、私も若い頃いろいろ訓戒を受けてきました。

今の住職は亡父のいとこにあたりますが、大変穏やかで優しい方です。
つい最近まで、水戸黄門の助さんこと、佐々宗淳のお墓があるので有名な正宗寺(しょうじゅうじ)の兼務として、
先代さんが亡くなったあと、そこの面倒もみてました。

本堂の中で、親戚でもある遺族・親族に法話がありました。

お釈迦様について、宗派について、葬儀について、命について、追善供養(ついぜんくよう)について、お線香についてなど

僧侶である私も、いろいろ勉強になる法話でした。

うちの檀家さんで、弘願寺さんでの親戚の葬儀に参列した人が、あそこの住職は良い人だね。
と何度か言われたことがありました。

今回その理由がわかりました。
葬祭場で遺族や参列者とコミュニケーションをはかららずに去っていく僧侶が多い中、
初七日のお寺参りといった機会を通して遺族と向き合っていたことがその評価につながったのだと思います。

うちでも行っていますが、寺参りで必ずお寺に来てもらうことの大切さを改めて感じました。

菩提寺では、檀家さんの葬儀がすんて寺参りが終わったあと、過去帳に戒名などを記入しますが、うちでは、300年前からずっと残っていますので、今、書き込んでいる檀家さんの戒名も、
ずっと生きた証として記録が残ることと思います。

菩提寺と檀家さんは、大家と店子のような、また親戚同様の存在です。
これからも、そうした気持ちで檀家さんに接していきたいとい思います。

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↑ 那珂市や城里町(しろさとまち)を中心にした地域にある、花の寺巡りのご朱印掛軸です。

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↑ スタンプもあり気軽にお寺巡りができます。


さて、ここからが、今日の法話です。

そう、弘願寺の住職さんのお話に、
「人間は自分で自分の命を生むことができない。
命は、両親から頂いたもので、さらに、多くのご先祖さまから命のつながりによって存在しているありがたい存在だ。」
「葬儀は、単なるお別れ会じゃない」
「葬送のための儀式として、葬儀の本質を間違えてはいけない。」
といった言葉がありました。

この前の記事で、散骨(さんこつ)についての評論を書きましたが、
自分の力で自分の命を作ることはできないし、
散骨はまちろん、葬送儀礼も絶対に自分では実施できないのです。

どんなにお金があってもどんなに素晴らしい能力を持ち合わせていてもそれは不可能なことです。

多くの人に助けられて人は一生を送ります。
生まれるということも、死んでからのことも自分ではどうすることもできないということを、よくよく考えれば、
人間はもっと謙虚になれるのかもしれませんね。

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↑ お通夜の時は一体だけだった仁王様が二体揃ってました。

大震災の時、被害を受けて高岡まで修繕に行っていたのが、12日に戻ってきて鎮座(ちんざ)されたとのことでした。
今日は、新盆の方の家を回っています。午前中11軒、午後6軒です。

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okko

「ひまわり」の若尾文子さんも、当然、90才に近い筈だと思うのですけど・・・・
とてもそうはみえませんね。
散骨については、おっしゃることは理解できますけれど、生前から遺書として子供たちに希望を伝えておくのはいけないのでしょうか? 息子たちはそれを望んでいるのですけど。
by okko (2011-08-14 15:57) 

袋田の住職

okko さん 散骨にも二種類あって、宗教者が立ち会う場合と家族のみで行う場合です。
宗教者がいる場合はそのアドバイスや心のケアを受けられますが、いない場合はそのすべてを遺族がその重さを引き受けることになります。
okkoさんの息子さんたちがどういう方かわからないのでアドバイスできませんが
遺言書を実行するのは、後継祭祀者ですので、あまり負担にならないように、きつくしばらない程度で、選択の余地を残した遺言書にしておくと良いかと思います。
袋田はほとんどの人が墓地に埋葬され、お盆の13日にお迎えし、16日にお墓にお送りする日本の伝統的なお盆行事が行われています。
津波の被害の大きかった被災地でも行われていますが、人智を超えるような災害、それから、事件、事故に巻き込まれて亡くなった方など、特に、心の整理がつきません。
そうした時に壊れそうな心を救ってくれるのが日本の伝統的な葬送儀礼なのです。そういう意味からも、遺族が故人の送り方を最終決定するのが望ましいと思います。
いずれにしても、死んだあとの自分のことは、自分ではどうすることもできません。生き返って差配することは、誰もできませんので・・・
地球上のほとんどの人は宗教者の立会いのもと、宗教的な葬儀で弔われています。
タイのyamaojiさんの住むドイプイ村は自然葬でもシャーマンが立ち会うそうです。
日本のほとんどの地域でも宗教者や第三者が立ち会ってます。
宗教者が立ち会わない家族だけの葬儀というのは世界的に見ても、日本の常識から見ても珍しいことだと思います。
丸山陽子さんは88~89ですね。


by 袋田の住職 (2011-08-14 16:40) 

斗夢

住職、お願いがあるのですが。
ブログ本文の中にお寺さん特有の文字、例えばきょうは「施食会」がありますが、正しくはなんと読むのでしょう。後ろにカッコつきでひらがなで書いてもらうと有難いのですが。
お忙しいところ申し訳ありませんがご配慮いただければ幸いです。
by 斗夢 (2011-08-14 19:14) 

袋田の住職

斗夢 さん ただ今大子の花火の夜回り巡回から戻ってきました。
一応ルビを入れましたが、不足の場合はコメントで指摘してください。
とにかく、仏教の読み方、特に禅宗の呉音読みは難しいです。
けっこう、一般社会で使われているものが多かったりしますが・・・
by 袋田の住職 (2011-08-14 21:56) 

Silvermac

親友たちは全て鬼籍に入った今、私も没後の処置事項を残しています。
面倒なことが多くて、簡単にオサラバできないようですね。(^O^)
by Silvermac (2011-08-14 22:48) 

きまじめさん

命は「多くのご先祖さまから命のつながりによって存在している」
の考えは持っていましたが、
「葬儀は、単なるお別れ会じゃない」ということに思いが及んでいませんでした。
今日のお言葉、よくよく心に刻んでいきたいと思います。
by きまじめさん (2011-08-14 23:11) 

枝動

法話、ありがたいです。
「天地に生かされる私の命。因と縁により存在する私。」...でしょうか。
年とると、そういう事を真剣に考えるようです。
by 枝動 (2011-08-14 23:21) 

サァファイヤ

自分で命を生むことはできない

父を亡くしてから、実感します。祖父や存在もありがたかったです。
父の葬儀は、いわゆる葬儀屋さんだ行ったのですが、過度な演出やら
お経をあげてくれたお坊さんが派遣という感じで、
悲しみにくれている身としては、複雑な気持ちでした。
by サァファイヤ (2011-08-15 00:16) 

袋田の住職

Silvermac さん 人生というのは簡単にオサラバできないほど重いものなのです。面倒なことが多いというのは、充実した人生を送ってきた証でもあります。

きまじめさん 心のよりどころである宗教を持たない人にとってはお別れ会でしょうが、宗教を持つ人からいうと、神や仏が亡くなった人を死の苦しみから救ってるときでもあります。
人生の終わりであるとともに、神や仏のもとで子孫を守る存在となっていく第一歩でもあります。
宗教によって葬送された人の存在は、子孫の心のよりどころになります。

枝動さん  〉 「天地に生かされる私の命。因と縁により存在する私」
良い言葉ですね。

サァファイヤ さん 派遣されたお坊さんでは供養する人のことはわからないし、遺族に寄り添うことも難しいですね。
「過度な演出」といういのは実際にどういう演出だったのか教えて頂けると参考になります。
演出などしなくても、葬儀は遺族にとって、心ある参列者にとって十分に悲しいものです。
by 袋田の住職 (2011-08-15 07:44) 

mimimomo

おはようございます^^
生きる時も死んだ時も自分の力では何も出来ないと言うことはよく分かりますが、
実際生きてる間でも、時分の思い通りになることは皆無に近いですね。
結局は周りに生かされているということなんでしょう。
by mimimomo (2011-08-15 08:50) 

袋田の住職

mimimomo さん 私もいろいろな人に助けられています。
葬儀の時には、その感謝の思いを集まってくれた方に伝えたいと思っています。

by 袋田の住職 (2011-08-15 08:56) 

okko

いろいろと教えて頂いて有難うございました。当然、立会い人はいるに違いありません。
ただ、ワタシは無宗教なので、それが誰になるのか・・・・なお、北海道の実家の墓は、屯田兵だった者の子孫だけ受け入れる墓で、骨壺に収められた父母は、墓石の下に眠っています。
by okko (2011-08-15 10:24) 

U3

「多くの人に助けられて人は一生を送ります」実感しております。
ちなみに今年のお盆は生まれて初めてたった一人でご先祖を迎え送る事になりました。
by U3 (2011-08-15 10:50) 

甘味

先生のブログを見て
勉強させて頂いています。
私は仏教、ご先祖様の事を
おもしろ可笑しく話して 皆さんが仏教、ご先祖様に
もっと興味を持って欲しいです、私はそれだけです。
甘味が言ったのが本当なのか?興味を持ち
自分と照らして欲しいです、合掌
by 甘味 (2011-08-15 11:16) 

ミッチー

献体をしまして死後そのまま医学部へいきます解剖許可をかくひともきまっています。登録をしましてお墓も作ると実にすっきりです。
by ミッチー (2011-08-15 14:27) 

yamaoji

こんなことを聞くも者は無知なyamaojiだけでしょうが、山門にいる、仁王様と、阿吽はちがうものなのでしょうか?
子供のころはマジに、怖かったです。
by yamaoji (2011-08-15 15:29) 

シラネアオイ

こんにちは!北海道の岬を沢山訪れていますね。ここまで見たのでしたら積丹岬、神威岬を見ない手はないでしょう。この界隈は交通の便がよくありません、
もしスケジュールが合えばご案内いたしますよ!!是非お越し下さい!!
by シラネアオイ (2011-08-15 16:40) 

☆kangeki☆

「大家と店子」お檀家さんあってのお寺だということを娘達にも伝えています。
葬儀で参っていらっしゃると見受けられる檀家さんにそっと携帯番号を渡します。
「何時でも良いので、話したくなったらかけてくださいね」

by ☆kangeki☆ (2011-08-15 16:41) 

yakko

こんばんは。毎朝ご仏前にお祈りするのが日課です。
by yakko (2011-08-15 22:06) 

わーこ

お葬式などで ご住職様から一言頂くとき 
とても悲しくても あ、そうかと思える言葉ってあるものですよね
その言葉に救われることがあります
ありがたいことです。。
by わーこ (2011-08-15 22:55) 

袋田の住職

okko さん 立会人は重要です。
その人の生きざまを語り、亡くなったことを証明するひとですから、
あなたのことも遺族のこともよく知っている人でないといけません。
死生観がしっかりしている人であることも重要です。
檀家さんの葬儀ではその役目を私が勤めています。

U3 さん いいなぁ夫婦でUKなんて!
連れ合いの英語は外国人には通じないので(日本語は通じさせるようです)私が本当に片言の英語でコミュニケーションをはかることになるので本当に珍道中です。
新婚旅行でオーストラリアに行った時は、英語に堪能なご夫妻と一緒だったので助かりました。
他のカップルともけっこう仲良くなれて、楽しく過ごせました。
助けられることばかりの人生です。
助けられることで、運が開けているようです。

甘味 さん 今回のコメントの数々もネタにできそうですね。
遺言でいろいろ指示しておいたのが、死んだあとは、それがことごとく裏目に出て・・・・、遺族も、死んだ人もうろたえるというような、いろいろな話ができそうです。
そうした中で、人間の考えの浅墓さを笑いのネタにして、仏事について考えて頂けたら良いかと思います。
そのネタが使えるのは、坊主漫談の甘味さん位ですので、がんばってください。

ミッチー さん 私も献体した方の葬儀をつとめたことがあります。
一年半たって遺体が戻って来てからの葬儀でした。
医学の向上のためにもそうした志を持った方が増えると良いですね。

yamaoji さん 向かって右が吽形、左が阿形ですね。
阿吽がそろわないと呼吸ができません。

シラネアオイ さん 道路が良くなったので車が便利ですね。
ぜひ行ってみたいと思っています。

☆kangeki☆ さん 遺族から寺族さんへのホットラインってこれ、すごくいいアイデアですね!
参考になりました。
うちの福島の親戚のお寺は、原発事故で避難しているときには檀家さんと携帯で連絡を取り合ったそうです。
普段から檀家さんとお寺さんが親密なのでできることです。

yakko さん 朝、お仏壇をお参りして始まる一日は、穏やかな心で始めることができますね。
夕方は、お仏壇の前に座って一日を反省し、感謝の思いで一日を終えられれば充実した毎日とすることができるでしょう。

わーこさん 住職や寺族が遺族にかけるひとことは大事なのだとコメントを読んで改めて感じました。
私は、葬儀の時には遅くても30分前位に会場に入り、遺族に声をかけます。通夜は自宅であることが多いので親しく言葉を交わすことができます。
「お母様への介護大変だったでしょう、よく頑張りましたね。」とか、
「立派なお父様でした。お正月にお伺いした時は元気でこんな話をしたんですよ。」
などと話しかけたり、
あるいは、遺族の方が、亡くなられた時の様子や亡くなられた方のことを私にいろいろ話してくれて、私が聞き役になることもあります。」
僧侶が、そうして、遺族に話しかけたり、遺族の思いを受け止めることは大事だと思います。
派遣の僧侶や、葬儀だけの行い時間に来て、終わったらすぐに帰ってしまう僧侶にはできないことなので、こうしたことを大切にしていきたいとあらためて思いました。


by 袋田の住職 (2011-08-16 06:51) 

スミッチ

葬儀の後、菩提寺に戻って初七日を行うの、いいですね
by スミッチ (2011-08-16 22:11) 

袋田の住職

スミッチ さん セレモニーホールで読経するだけでは、僧侶と遺族がゆっくり話もできませんので、菩提寺でご本尊の前で初七日を行うのは良いことですね。

by 袋田の住職 (2011-08-17 06:39) 

袋田の住職

サァファイアさんコメント確認しました。大変参考になりました。
by 袋田の住職 (2011-08-20 07:45) 

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