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③永平寺東京別院で焼香師を-・・・その3-(小石川後楽園編) [水戸]

永平寺東京別院で焼香師を勤めてきた時の記事の第三回です。

よく、東京ドーム何個分と言って、土地の大きさを表現しますが、
その東京ドームを含めて、小石川後楽園一帯は、広い広い水戸藩上屋敷の中にありました。

坪数は101,831坪、御三家の中でも一番広く、10万坪を超えるのは加賀藩と水戸藩だけです。
水戸藩にはその他に、駒込の中屋敷(現東大農学部)、向島の下屋敷(現墨田公園)もありましたから、
幕府の中でも別格の待遇だったことがわかります。

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↑ それでは、西門より中に入りましょう



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↑ 正面に広がる大泉水、中には蓬莱島が浮かび、東京ドームの屋根が白く輝いています。

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↑ 池に張り出す一つ松、見事な枝ぶりです。

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↑ 石造りの太鼓橋があります。

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↑ 円月橋です。

明から渡来した儒学者朱舜水の設計といわれています。

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↑ 横から見ると、水に映る形が満月に見えます。

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↑ 稲田です。

光圀が、京都からやってきた嗣子綱條(つなえだ)夫人に、農民の労苦を教えようと作った田んぼです。
光圀や、綱條夫人、御殿女中みんなで田植えや稲刈りをしたそうです。
現在は、文京区の小学生が田植えと稲刈りをして伝統を受け継いでいます。

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↑ 大泉水の対岸まで来ました。
池に浮かぶ蓬莱島と近代的なビルが対照的です。

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↑ 唐門跡を通り、内庭へ出ました。
水戸藩書院があったところで、庭の作りも凝っています。
すぐそばに東京ドームが見えます。


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↑ 入り口まで戻り、西湖の堤を撮影しました。
前回来た時に撮影していなかったので、今度こそはと思っていました。
平成12年に中国へ行った時に、杭州の西湖で本物をみているので興味がありました。

元禄7年に龍泰院の住職種月師が、水戸藩邸に前藩主の光圀を訪ねています。
その縁があってか、元禄8年には、領内巡村で大子に来た光圀は龍泰院に立ち寄っています。

そういう史実もあるので、龍泰院の住職としては、ここに寄らなければと思い、
今回の東京観光のコースに入れました。

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↑ 楽しく園内を見学し、バスに戻り、池之端の旧岩崎邸へと向かいました。
ここも広い庭園がありましたが、贅を尽くした建物が実に凝っていました。

④永平寺東京別院で焼香師を-・・・その4-(旧岩崎邸編)へ続く・・・

2日は朝から雨が降り続き、久しぶりにまとまった雨量になりました。今日は、大子町斎場での葬儀です。


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OJJ

名君が治めればその時、世間は発展しますよね~暗君なら惨憺たる・・
by OJJ (2015-11-04 17:49) 

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