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⑤村上氏が築いた要害の山城「荒砥城」 [日本の城]

長野県へ梅花流講習会の講師で招かれていった時の記事の最終回です。

梅花流の講習会で行きながら、これだけお城の記事をアップするというのも歴史好きの袋田の住職らしいとも言えるのですが、お付き合いください。

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↑ 戸倉上山田温泉の裏手の急な山を車で登っていくと荒砥城があります。





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↑ ここは、きちんと整備されている山城で、史実に基づいて再建されているので、
映画やドラマのロケにも使われています。

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↑ 城に近づいていくと物見櫓が上に見えてきます。

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↑ 厳重な城門です。

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↑ 石垣や柵で守りを固めています。

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↑ 櫓から本丸みる荒砥城の建造物です。

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↑ 一段上の平らに建つ本丸の館です。

戦国時代の山城の建物ですので、天守はもちろん、櫓もありません。

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↑ 櫓とその先の眺めです。

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↑ 長野市のある善光寺平方向が一望できます。

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↑ 上山田温泉を眼下に、そして、遠く上田方面まで一望できます。

遠くまで見渡せるので、敵が領内に侵入してくるのをいち早く発見できます。

山城と山城の間や、ふもとの館は狼煙などで連絡を取り合ったそうです。

ここに、城を築いた村上氏は、甲斐の武田氏との攻防があり、
特に、上田の北の方を本拠とした、真田氏とにらみ合っていたようです。

ここで、戦の知恵を身に着け、知略の限りを尽くして、戦国時代を生き抜き、「真田、日本一のつわもの」と呼ばれた真田一族の生きざまを、肌で感じることができました。

長野第一宗務所の副所長であるの上田の龍洞院住職、村上静雪老師は、
私とは従兄弟の従兄弟という関係でしたが、今回初めてお会いし、いろいろお話をすることができました。

龍洞院は、村上氏系の由緒ある古刹でしたが、真田氏が上田に勢力を伸ばしてからは、大変だったそうです。

長野には、たくさんの曹洞宗寺院がありますが、戦国時代の攻防の歴史を物語っているともいえるでしょう。

NHK「真田丸」もいよいよ大詰めです。真田氏が活躍したこの地を訪ねる機会を作ってくれた、
長野県第一宗務所師範会会長の沼田文義老師、宗務所の皆さん、師範、詠範、会員の皆様、ありがとうございました。


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コメント 2

三楽斎

ここまで戦国時代の山城を忠実に再現している場所があるとは知りませんでした。ぜひ行ってみたいです。
by 三楽斎 (2016-11-28 18:50) 

袋田の住職

三楽斎 さん ぜひ、大子城もこのように復元して欲しいものです。
by 袋田の住職 (2016-11-29 11:41) 

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