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境内の「懐徳碑」をきれいに掃除しました。 [龍泰院]

12月7日(金)、境内の大掃除をしました。

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↑ 石燈籠や御影石のカビを落として白くしました。

元の写真はというと・・・



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↑ 昭和63年に建てた石灯篭も30年の歳月で黒いカビが着いていたのを落としたのです。

落とした方法は、企業秘密ですが、台所用塩素系漂白剤を使って、カビや苔を死滅さて、
高圧洗浄機で洗い落とすという方法です。

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↑ 大正12年に袋田村が建てた石碑ですが、苔むして字が読めなくなっていました。

そこで、塩素系漂白剤を使ってみました。

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↑ 石にこびりついた苔が塩素の力で死滅して変色しました。

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↑ 高圧洗浄機で洗い落とすと・・・

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↑ 文字が見えるようになりました。

額書は、水戸徳川家第13代当主で、貴族院議長を務めた徳川圀順(くにゆき)侯爵(のちに公爵となる)である。
また、本文は、菊池謙二郎氏の撰で、鵜飼泰徳氏の書による。

宮城県産玄昌石の2・8mの一枚石板に刻んだもので、大正12年に袋田村によって建立された。
1.3mの基壇の上に建てられたいたのだが、平成5年の境内改修の際に40cmほど埋められたので、現在の総高は3・7mである。

保内郷を名馬の産地として確立し、茨城県議会議長を務め櫻岡敏翁とその父櫻岡八郎翁を顕彰したものである。

石に刻めば、長く残すことが出来ますね。


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