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④ 旅澤家書院を見学させて頂きました [大子の文化財]

午前4時45分に八溝山頂でご来光を見た後、ブナの原生林、八溝川湧水群をみて、
坂東21番札所の日輪寺をお参りして山を下りました。

帰りに八溝山のふもとにある旅澤家に寄ってみました。

祝日の午前6時15分、外観だけでも撮影させて頂こうと思ったのですが・・・

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勝手に写真を撮影していると、早朝にも関わらず、旅澤さんが戸を開けてくれました。



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↑ 門を開けてくれたので庭先から見学させて頂きました。

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↑ 廊下も奥が一段高くなっていますが、お殿様を迎えるための御座所です。
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↑ お殿様が足を洗う時に使った石と、その奥が顔を洗う桶を置いた石だそうです。

朝早かったので、写真だけ撮影させて頂き、帰ろうと思ったのですが、
座敷にあげていただき、お茶までごちそうになりました。

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↑ 格式の高い書院は、徳川斉昭公を迎える時に建てられたそうです。

水戸黄門は、助さん格さんと三人で旅をしてますが、実際の藩主は100人以上を引き連れて巡村し、ここで休憩したそうです。

もちろん、ここに入れるのは、お殿様と何人かで、他の従者は他の家で休んだみたいです。


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↑ 八溝石やシャクナゲなどこの地ならではの物がふんだんに使われた庭園です。

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↑ ここから庭を見るとお殿様になった気分です。

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↑ 池には湧水が流れ込んでいるので、ヤマメが飼われています。

この日はアオサギがヤマメを食べに来ていました。

ここには、TVや雑誌の収録で著名な俳優さんも来ています。

私は、令和となって最初の記帳となりました。

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↑ 左には平成元年の記帳が、私のは令和元年です。

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↑ 格式の高い茅葺きの屋根の形状です。

個人の住居なので、一般公開はされてませんが、光圀公や斉昭公が訪れている旅澤御殿とも呼ばれる旅澤家書院です。

旅澤家は黒沢地区上野宮の磯神集落にあります。

奈良時代、大仏に塗った金として使われたり、遣唐使の派遣費用にも八溝の金が使われたそうです。

今は、限界集落と呼ばれ、過疎が進んでいる黒沢地区ですが、古代には金が採れ、
林業が好景気だったころは、八溝杉の産地として大変栄えた地区です。

こうした、建物や庭にその栄華の時代が偲ばれる旅澤御殿でした。


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