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⑦ 熊本地震で大きな被害を受けた熊本城の現状は?編 [日本の城]

全国大会で熊本へ行った時の記事の最後は熊本城です。

天草から戻り、遅いお昼をいただいた後、熊本城へ

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↑ 熊本で人気の高い加藤清正公、熊本の基礎を築いた豊臣秀吉子飼の武将です。

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↑ 幾重にも重なる高い石垣の奥に修復が終わった大天守が見えます。

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↑ 崩れたままの石垣もあちこちに・・・

石を会った位置に戻して、元通りに修復しなくてはいけないので、かなりの時間がかかるとか・・・

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↑ ボランティアガイドの方の説明を聴きながら公開さいれているところを歩きました。

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↑ 現存櫓の宇土櫓と小天守、大天守が撮影できるポイントです。

小天守の復旧作業が行われています。

最新の技術を駆使して修復工事が行われていますが、加藤清正の築城技術はすごいですね。

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↑ 戌亥櫓です。

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↑ 石垣が崩落しました、隅石だけでかろうじて耐えています。

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↑ 熊本城の象徴、敵軍を寄せ付けない深い堀と石垣です。

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↑ こちら側は洪水で堀が埋まり、地震で石垣が崩れたところです。

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↑ 大天守、小天守の手前にある宇土櫓は現存する三重五階の櫓で、石垣は25mという城内屈指の高石垣です 

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宇土櫓の堀を隔てて、本丸に近い加藤神社まで行きました。

ここで、令和元年5月24日「仰清正公」と書かれた差し替えの御朱印をいただきました。

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大天守や石垣、多聞櫓、乾櫓が見えるポイントです。

バスの出発時間が迫っていたので急いで戻りました。

西南戦争で、最新兵器を装備した西郷軍がいくら攻めても攻略できなかった熊本城、
この時、西郷隆盛に、「政府軍に負けんじゃなか、清正公に負けたとばい」といわしめた難攻不落の名城です

工事が終わって本丸にも入れるようになったらもう一度訪ねたいと思いました。


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